札幌高等裁判所 昭和42年(行コ)2号 判決 1967年12月25日
控訴人 大成金融株式会社
被控訴人 国 外三名
訴訟代理人 岩佐善己 外四名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取消す。控訴人と別紙一覧表の被控訴人欄記載の各被控訴人との間で同土地欄記載の土地が控訴人の所有であることをそれぞれ確認する。同表記載の各被控訴人は、控訴人に対し、それぞれの土地欄記載の土地についてなされた各欄記載の登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らはいずれも主文同旨の判決を求めた。
当事者らの事実上・法律上の陳述、証拠の提出・援用・認否は左に記載するほか、原判決の事実摘示のとおりであるからこれを引用する。
第一、控訴人の陳述
一、本件買収処分の無効原因として更に次の点を主張する。
(一) 買収計画樹立について農地委員会の議決がない。
(二) 買収令書の交付がない。被控訴人らは買収令書の交付に代えて公告をしたと主張するが、公告は令書の交付ができないときにこれをするのであるが、本件については、令書の発行がなく、従つてその送達手続もなかつたのに、あたかも令書の発行があり且つ送達不能となつた如く装つた虚偽の公告であるから、これをもつて令書の交付に代えることのできない無効の公告である。
(三) 買収計画樹立については、目的地につき買受希望者の存在を要件とするところ、本件土地については、何びとからも売渡申込手続もないのに買収した違法がある。被控訴人窪田が買受申込をしたのは昭和二三年七月頃のことである。
(四) 本件土地は小作地ではない。即ち、本件土地は終戦頃から昭和二二、三年頃まで食糧難から野菜、馬鈴署等を作るため各一反歩位づつ数名の者が一時的に使用したに過ぎず、しかもこれらの者は全部商業経営者または会社員であつて耕作の業務を営む者ではなく、控訴人が好意に無償使用を認めたのであつて、小作契約等は何もなかつたのである。尤も一部無断使用者から損害金を受領したことはあるが、これは契約に基づく使用の対価ではない。かくの如く、昭和二二年一〇月当時において被控訴人窪田はもとより、何びとの間にも小作関係は存在しなかつたものである。以上の瑕疵はいずれも重大且つ明白であつて、本件買収処分を当然無効ならしめるものである。
二、本件土地の買収計画についての北海道農地委員会の承認は、買収・売渡の前にされなければならないものであるところ、本件において鳥取町農地委員会が道農地委員会の承認を受けたのは買収売渡の後である昭和二二年一〇月一〇日であるから、本件買収処分は結局その承認を受けないでした瑕疵がある。
三、本件土地が昭和二二年一〇月二日当時農地でなかつたことは次のことによつても明白である。
(一) 本件土地中耕作の用に供されたことのあるのは、五町歩余の土地のうちの北側約一町歩の範囲に過ぎず、それも前記一(四)に記載したような一時使用のものであつて耕作の業務のために用いられたのではない。
(二) その余の部分においては耕作はもとより、放牧・採草の事実もなく、ただ昭和一五、六年頃以降訴外渡辺建設工業株式会社の従業員である訴外佐藤平三郎が単に趣味として所有していた一、二頭の競争馬を繋留するため無断使用し、後これを訴外亡高岡善吉に無断使用させ、同人が昭和二〇年春召集されるまで馬を繋留したことがある。
(三) しかしてその前後より本件土地全面を軍が演習地として利用し(当時軍が農耕地を演習地として利用した事実はない。)、右佐藤・高岡らが張つたバラ線も随所で切り取られ馬の放牧ができなくなつて、せいぜい繋留することができた程度であつた。
四、被控訴人窪田は次の理由によつても悪意の占有者である。即ち、被控訴人窪田は昭和二二年一〇月二日当時本件土地を農地として使用せず、しかもその売渡申込をしたのは昭和二三年七月である。しかるに同被控訴人の受領した売渡通知書には「売渡日時昭和二二年一〇月二日」の記載があつたのであるから、同被控訴人は右売渡しか事実に添わないこと、従つて買収・売渡の手続上何らかの不備あることは直ちに認識し得た筈である。されば同被控訴人は買収・売渡処分が違法無効であり、従つて国が正当に所有権を取得せず、あるいは自己の所有権取得に瑕疵あることを知りまたは知り得べきであつたものであるから、悪意の占有者である。
第二、被控訴人らの陳述
被控訴人国は左のとおり述べ、被控訴人十条製紙株式会社他二名はこれを援用した。
一、当審における新たな買収無効原因の主張について。
(一) 本件土地の買収計画は鳥取町農地委員会の議決によつて適法に樹立されたものである。
(二) 買収令書の交付のないことは認めるが、北海道知事は次の事由により、昭和二四年九月六日付北海道告示第七四三号をもつて本件土地の買収令書の交付に代えて公告することになり、同年一〇月二八日北海道公報号外をもつて公告した。
(1) 控訴会社は存立の時期を設立の日から満二〇年と定め、大正一〇年四月二六日設立登記され、昭和一三年四月二四日の定時株主総会で解散を議決し、同月三〇日その登記をし、清算手続に移行したものであり、本件土地買収当時は清算法人であつた。
(2) しかし、右解散登記の時から約一〇年を経過した本件買収計画の樹立当時には、控訴会社の営業の実体としてみるべきものはすでになく、その清算人は登記簿上の住所とされる所にも相当以前から居住しておらず、その所在を確知することはできなかつた。
(3) そのようなわけで本件土地の買収令書を控訴人に交付しようとしたけれども交付できなかつたので、北海道知事は自創法第九条第一項但書により、前記のとおり法定の公告をしたものである。
(三) 被控訴人窪田が売渡を受けている事実が、買受希望者の申込の無い買収ではないことを示している。のみならず、本件土地は不在地主の小作地であり、自創法第三条第一項第一号により所有を許さないものであつたから、売渡希望者の有無を調査したうえで買収計画を樹立すべきものではない。
二、買収期日と売渡期日が道農地委員会の承認前であることは事実であるが、買収の時期は買収計画の公告の日以後であれば適法であつて必ずしも都道府県農地委員会の承認の時以後に定めなければならないものではない。まして右期日と承認が前後したからといつてその買収処分が当然無効となるわけのものではない。
第三新たな証拠
<証拠省略>
理由
一、別紙目録記載の各土地は、もと釧路市鳥取一五番地の二、牧場五町二反二五歩という一筆の土地(以下本件土地という)で控訴人の所有であつたこと、訴外北海道知事は控訴人に対し昭和二二年一〇月二日、自作農創設特別措置法(昭和二四年法律第一五五号による改正前のもの・以下自創法と略称する。)第三条第一項第一号に基づき、本件土地の買収処分(以下本件買収処分という。)をなしたこと、これに基づき被控訴人国は、本件土地につき釧路地方法務局昭和二五年三月二〇日受付第八号をもつて所有権移転登記を経由したこと、しかして、被控訴人窪田外松は本件土地について同法務局昭和三一年四月二四日受付第八一六号をもつて昭和二二年一〇月二日自創法第一六条による売渡による所有権移転登記を、次いで被控訴人十条製紙株式会社は別紙目録第二記載の土地について同法務局昭和三二年七月二九日受付第四四二七号をもつて同年同月二七日売買による所有権移転登記を、また被控訴人相崎達男は別紙目録第三記載の土地について同法務局昭和三二年二月一九日受付第九二一号をもつて同年同月三日売買による所有権移転登記をそれぞれ経由したことはいずれも当事者間に争いがない。
二、控訴人は、本件買収は重大、明白な瑕疵があつて当然無効であるから、これによつて本件土地の所有権は被控訴人国に移転せず、従つて、これから売渡を受けた被控訴人窪田外松並びに同人から転得した被控訴人十条製紙株式会社、同相崎達男もその所有権を取得せず、本件土地の所有権は依然控訴人に帰属していると主張するに対し、被控訴人らは、本件土地中別紙目録第一の土地は被控訴人窪田外松が、同第二の土地は被控訴人十条製紙株式会社が、同第三の土地は被控訴人相崎達男が、それぞれ昭和三四年四月上旬頃時効取得したと主張するので、まずその点から判断する。
<証拠省略>を総合すると、被控訴人窪田外松は、昭和二四年四月上旬頃北海道知事から本件土地につき自創法第一六条に基づく売渡の通知を受け、そのときからこれを所有の意思をもつて平穏・公然にこれを占有し、その後別紙目録第二の土地については昭和三二年七月二七日被控訴人十条製紙株式会社に、同第三の土地については同年二月三日被控訴人相崎達男にそれぞれ売買により譲渡し、同被控訴人らはその頃それぞれその買受部分の引渡を受けて所有の意思をもつて平穏・公然にその占有を継続していたことが認められ、他にこれに反する証拠はない。
控訴人は、右被控訴人窪田外松の本件土地の占有はその始めにおいて悪意である旨主張するので判断する。
<証拠省略>を総合すると次の事実が認められる。
本件土地はもと訴外佐藤平三郎が競争馬を放牧するために賃借していたが、昭和一六年頃以降は訴外亡高岡善吉が借り受けて周囲の牧柵を補修し、北側約一町歩(別紙目録第一、第三の土地およびこれに接続する同第二の土地の北東の一部分にあたる。)を耕して馬鈴薯、燕麦、大麦などを栽培したほか、その余の部分は採草放牧地として使用していたが、昭和二〇年頃同人が応召したり、また軍が演習のため立ち入るなどの事があつたので、同人は耕作等を断念してこれを返還した。その後昭和二二年頃迄は、訴外長屋治左衛門ら数名の者が終戦前後の食糧難という事情から、当時控訴会社の代表者(清算人渡部末蔵)に代つて本件土地の管理、処分の権限を有していた訴外浅里福造(この浅里福造の権限については、当審における控訴株式会社代表者の第一回本人尋問の結果によりこれを認める。)の許諾の下に前記高岡が耕作していた一町歩余の部分のほか西側道路沿いの部分なども五畝ないし一反歩程度を耕やしていたところ、それらの者も概ね昭和二二年頃には離作した。次いでその頃ほとんどこれらの者と入れ代りに遅くとも昭和二二年一〇月頃迄には被控訴人窪田外松が前記浅里福造から本件土地全部を借り受け、前記耕地部分には引き続き馬鈴薯、燕麦、そばなどを栽培するとともに、その余の部分には馬を放牧して使用し、その使用の対価として右浅里福造の要求を容れて金銭でなく収穫した馬鈴薯などを少くとも馬車一荷分位を提供した。ところが被控訴人窪田外松はその頃農地委員会より本件土地が買収され自己に売渡しになる旨を聞き、そのことに別段不審も抱かずその手続を進めて貰うべく依頼しておいたところ、昭和二三年七月頃、実行組合を通じて売渡申込書を提出するよう促されたので、直ちに農地委員会にその手続をしておいたところ、昭和二四年四月上旬になつて同年三月三日付書面による前記売渡の通知に接したので、同年六月払下代金を納付するとともに本件土地が完全に自己の所有に帰したものとして、客土、整地して前記耕作部分以外の部分にも耕地を拡げてここを農地として利用し始めた。右被控訴人が売渡前耕作していた部分(即ち前記訴外高岡らが耕作していた北側約一町歩の部分)を除く南側の部分(馬の放牧に利用していた個所)は元来湿地と砂地のまぢり合つたような地味の低い土地ではあつたが、前記売渡後の耕作によつて三分の一ないし二分の一程度迄は農耕地として利用し得るようになつた。
以上の事実が認められ、<証拠省略>の結果によつても右認定を覆えすに足らず、原審(第一、二回)並びに当審証人浅里福造の証言および当審における控訴会社代表者本人の供述(第二回)中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信できない。また<証拠省略>には、昭和二二年頃以後も訴外長屋治左衛門が一部を耕作していたかの如き記載があるけれども、右は原審並びに当審証人長屋治左衛門の証言に照らし必ずしもその記載内容の正確性を保し難いから、これをもつて前認定を覆えす資料とすることもできない。他に前認定を覆えすに足る証拠はない。
右認定の事実に徴すると、本件土地の前記北側約一町歩が買収当時自創法第二条にいう農地に該当する土地であつたことは明らかであるが、その余の部分についてはこれを農地であるとは断定し難く、従つてこの部分を含めた本件土地全部を農地としてなした本件買収処分に瑕疵がなかつたとはいえないところであるけれども、飜えつて被売渡人としての被控訴人窪田外松の立場においてこれをみると、同人は前認定のとおり浅里福造との使用契約に基づき本件土地(当時一筆の土地)全体を一括して借り受けて、これを使用し、ただ事実上従来の農耕地はそのまま農耕に、その余の部分は馬の放牧に利用していたものであつて、かかる場合道知事がその全体を小作農地と認定してこれを買収し、且つ現にこれを右使用契約により使用する自己に売渡すことの適法性について何らの疑を差しはさまなかつたものと認められ、且つ右の点に疑念を抱かなかつたことについて過失があるものとは認められない。
控訴人は、本件買収・売渡手続には売渡計画の樹立、公告、書類縦覧の手続を履践しない瑕疵があり、これを被控訴人窪田外松が知つていたと主張するが、右事実を認め得る証拠はなく、かえつて<証拠省略>によれば、これらの手続が履践されていたことが窺えるから、この点の主張は理由がない。また控訴人は被控訴人窪田外松が売渡申込をしたのが本件買収・売渡処分の日以後である昭和二三年七月であるから同人は手続上の瑕疵を知り得たものである旨主張するが、自創法第三条第一項第一号(不在地主の小作地買収)においては、売渡希望者の存否は買収の要件ではなく、買収後、売渡申込をなさしめても違法ではなく、またその際売渡期日を売渡申込の以前に遡らしめることも違法とはいえないのであるから、これらの点から被控訴人窪田外松に本件買収・売渡処分の瑕疵の存否についての認識ありとすることはできない。被控訴人窪田外松の悪意に関するその余の控訴人の主張はいずれも前認定事実と異る事実を前提とするものであつて採用の限りではない。されば被控訴人窪田外松は前記本件土地の売渡による占有の始めにおいて善意、無過失であつたものというべく、仮りに本件買収処分に重大明白な瑕疵があつて無効であつたとしても、その取得時効期間の経過により昭和三四年四月上旬頃、別紙目録記載第一の土地については被控訴人窪田外松において同第二、第三の土地については、それぞれ前記のとおり同被控訴人の占有を承継した被控訴人十条製紙株式会社および被控訴人相崎達男においてそれぞれ時効によりその所有権を取得し、これにより控訴人はその所有権を喪失したものというべきである。
三、されば爾余の争点について判断する迄もなく、本件土地の所有権を有することを前提とする控訴人の本訴請求はいずれも失当として排斥を免れない。よつて控訴人の本訴請求の全部を棄却した原判決は結局において相当であつて本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 野本泰 今富滋 潮久郎)
一覧表、目録<省略>